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アラブ人にとっては『コーラン』は自分の命の次に大切なものであって、明けても暮れてもその聖句を口ずさみ、日常生活のすべてが『コーラン』によって規定されている。

わたしは、かつてアメリカに留学中に、同じ下宿に住むイランからの留学生が、ある一定の時間がくると一日五回の礼拝(アル・サラート)のために、仕事を中断してメッカの方向に向かって五体投地をする姿を眺めてきた。

われわれがそばにいることもはばからず、堂々とおおらかに「アッラーのほかに神なく、マホメットはアッラーの御使いである」(ラー・イラ1ハ・イルラルラーフ・ムハムマドゥール・ラスールルラー)と唱えるのである。

おそらく日本人同士ならば内心「ここは君の同僚もいない外国なんだ。

そんなことをしなくても、誰にも見とがめられないよ」くらいのことはいいかねないだろうが、本人は至極まじめにやっているのである。

それにひきかえ、われわれはどうだろうか。

日常会話や生活の中で神仏の名やお経の文句が言及されることなどはめったにない。

たしかに、神仏仏閣や宗教教回数や盆正月に社寺に詣でる人びとを一瞥した限りでは、わが国は宗教花ざかりの観があるが、それはあくまでも表向きのことであって、宗教によって、われわれの日常生活が規定されているわけではない。

むしろ、われわれが宗教を規定し、都合のよい時だけ利用しているといっても過言ではないだろう。

神仏に対する敬度さやひたむきさという点では、残念ながらわれわれはアラブ人どころか、欧米人や東南アジアの人びとよりも劣るときめつけられても仕方がない。

「神も仏もあるものか」と宗教を茶化す風潮はとくに知識人や若い人達の聞に多いのではないだろうか。

こうした世俗化はわが国を短期間のうちに近代工業国家にのし上がらせるのに大いに役立った反面、日本人を没我的な浮薄な国民に仕立て上げてしまった。

「日本人は教育はあるが教養がない」とか「日本人は組織化されると強い力を発揮するが、個人的にはだらしがない」という批評を受けるのも、あながちウソではなかろう。

なぜそうなったのか。

歴史的な要因についてはここではふれないが、神仏に対する敬度さやひたむきな態度が欠如していることは、ひいては人びとに対する信頼感や、事物に対する思考力や真撃な態度の欠除にもつながることを否定するわけにはいかない。

たとえば、われわれは誰かがわき目もふらずに一心不乱に修行や勉強や仕事をしている姿を垣間見て、「なるほど、えらいものだ」と感服し、感心するより、「なんだあいつ、ナマいきな奴だ、変わり者だ」と榔撤する気持がありはしないだろうか。

眺められている本人も、そういう他の冷やかな目や態度を無視して、どこまでも自己に忠実に自分のやるべき仕事を完遂させるのではなく、たいていは見てくれとばかり、格好をつけていい加減にその場をとりつくろってしまう。

こうした冷かしの精神が高じると人目のあるところでは真撃になりえず、はぐらかされ、真撃になるには人目をしのんで孤立的にやらざるをえなくなる。

こうした風潮は、過去の閉鎖的な日本の中で同質社会を維持せざるをえなかった時代には致し方ないが、国際社会の一端をになう今日の日本人ではもはや通用しない。

ここいらへんで、われわれは誰にも気がねなく、生きている聞に大死一番、自分本来の力を出しきれるような真撃な態度をいつでも、どこでも、誰にでも、示すことのできるような人間になるべきではなかろうか。

斎場(公営・市営・民営とあります。公営斎場では東京は臨海斎場、大阪市では大阪市立北斎場瓜破斎場鶴見斎場が有名です。大阪府堺市では堺市立斎場公営斎場としてあります。民営斎場では、町屋斎場代々幡斎場などがあります) 仏師(仏師とは、日本における、仏像などの制作を担当する者に対する名称である。 飛鳥時代においては、仏像制作技術を持った血縁集団が存在しており、その長たる者を仏師と称していた。その大多数は、渡来系に属する技術者たちである。鞍作止利の名が知られる) 住職((じゅうしょく)は、本来「住持職」と呼ばれている仏教の職名(宗教上の地位)を省略した呼称で、一寺院を管掌する僧侶のこと。本来は「寺主」や「維那」(いな)などと呼んでいたが、宋代に「住持(じゅうじ)」という呼称が禅宗で使用され、それが後に一般的となり、職も付与して「住持職」と呼ぶようになった)

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